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2008年8月28日 (木)

危機対応組織

16日の鹿沼市での道路冠水による車両水没で、車両に閉じこめられた女性が死亡したニュースは皆さんご覧になったことでしょう。当初は16日というオリンピック開催中の週末の出来事のためか、この事故に対する各メデイアの出足は決して早くなかったのだが。明けて18日以降、お亡くなりになった女性の悲劇的な最後の状況を、各メデイアが一斉に取り上げて消防署や警察バッシングへと発展しそうになった。26日には鹿沼市、消防、警察共に謝罪の記者会見を開き、その意味では珍しく謝罪の対応が迅速だった。

道路の管理責任、消防の救急体制、110番の対応さらには死者にむち打つわけではないが、異常な状況に巻き込まれていった運転者としての自己責任と問題は複雑に交錯し原因は一様では無かろう。

ただ考えなければいけないのは、消防署も警察署も危機対応の組織である点だ。どうも日本人はこの危機対応あるいは危機管理に伝統的に、その欠点を晒す。それが個人であれ組織であれ、欠陥が内在しているようだ。曰く、「想定外の出来事である。」もしくは、「まさかこんな事が起こるとは。」等良く聞くセリフでは有りませんか。

古くから何事に付け繰り返される日本人のこのセリフ、一体何がそうさせるのでしょうか。そもそも危機とはそれが人災であれ天災であれ、想定外のことが起きるから危機的状況が生まれるはず。実は至極当然なのだが、想定以外の状況に至り危機的状況にどう対応するのかが危機管理なのだが。日本人の伝統的思考によれば危機に対する対応策を想定して、それで事たれりと済まし其れを危機管理と称している。自己の矮小な思考で想定することなぞ、言ってみれば始めから矛盾が内在していると現実認識することが肝要であるはず。例えば対策に予算が有ったりすると、その予算の範囲内で想定するわけだから、相手が(天災、人災等々)その予算の範囲内で起こってくれるわけでは無いのは自明の理。でもなぜか日本人はこのことを無視して愚行を繰り返す、これはなにも大東亜戦争を引き起こした昭和の軍人さんの話だけでは有りません。

さて鹿沼市の消防本部では、119番救急受付が普段一人体制のところを未曾有の災害で17人体制にまで増員、その後さらに増員している。まさに消防本部にとっては危機的状況に至ったわけである。案の定この危機管理が出来ていなかった。消防という組織そのものが本来、危機対応組織であるからしてここで危機管理がうまく働かないとしたら、その罪は軽くない。危機対応組織には指揮官とは別に情報統制官が必要とされる場合があるが、鹿沼の消防署の場合はこの典型例であろう。一人体制を20人近くに増員しなければならないような状況下での、受理する情報の交錯具合は目に余るものが有ったに違いない。後に時系列で情報を整理してみて、初めて問題点が浮かび上がってくるようでは、まさに危機対応が出来ていないと言うことでは無かろうか。その結果が、「(あまりにも想定外の状況が生じ)他の件と勘違いした。」とは、言ってはならないことであろうか。

今度のことを契機として当然鹿沼市でも消防本部をも含め反省の上、危機管理の対策を練るのだろうがさて、繰り返すがまたぞろ想定される対応策を変化させる事に止まりはし無いでしょうか。

それにつけても、同じ危機対応組織である自衛隊に比べれば日本の消防、警察はまだ信頼に足りるものがあると常日頃思っている。両組織の日夜の献身的な努力に対し、国民は等しく感謝の念を捧げる事におおむね異存はないものと思う。

旧聞で恐縮ですが、イージス艦「あたご」の海難事故に至っては、古い言い方で恐縮だが「国家百年兵を養うは何のためか。」と言いたくなる。危機対応組織の最たる軍隊が、その無能さ故に自国民を死に至らしめたとは言語同断であろう。結局艦長には責任が問われないようだ。「現場付近の海域で漁船の操業が盛んとは知らなかった、東京湾進入後は自身で操艦指揮を執るつもりであった。」とは、睡眠を取っていたことの弁明であるが何のことであるのか。東京湾やその近辺海域、無数のタンカー等商業船舶が往来してるのだが、そしてそれらの船舶が漁船と衝突事故を過去に起こしているかどうか考えてみるが良い。

潜水艦「なだしお」の海難事故もそうだが、かかる事故を引き起こすのは一人海自のみでは有るまいか。海自と言う組織の中で官僚として優秀な人間が栄達して、艦艇の指揮艦や司令官となっていく。戦争ごっこをする組織、官僚が指揮を執る軍艦と言われても仕方あるまい。船乗りである軍人が、有事対応に日夜精勤する艦艇であれば様相は一変するに違いない。事故を起こした最新鋭艦のこの艦長、海自でも最優秀の一人に違いないのだが、今後間違いなくこのまま栄達するよ。海自というこのような組織のあり方もまた刑事罰でも食らわなければ、軍人としてのかつまたリーダーとしての責任のあり方を問うことがない、極めて日本的な思考に裏打ちされた組織ではあります。願わくば肩たたきをしていただきたいものだ、この艦長には。そう言えばマスコミにたびたび露出していた斉藤海上幕僚長は、「なだしお」の時の司令ではなかったかな。今度は辞めさせられたんでしょうね、いくら何でも。

しかし、「雨が降っていたから、見張りを艦橋からブリッジに引き上げた。」とは、山本五十六大将がどう思うのでしょうか、日本海軍のこの末裔たちのママゴトをご覧になったら。ちなみに「国家百年兵を養うは何のためか。」とは、真珠湾作戦決行前の会議で、「日米和平が成立したら直ちに艦隊を引き返せ。」との命令に「戦いに向かっているのに、止められない。」と異を唱えた指揮下の将兵に、「即刻辞表を出せ。」と厳しく叱った連合艦隊司令長官山本五十六大将の言葉でした。

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